~竹バッグ旋風と、弟子40人伝説の巻~
竹のハンドバッグ――。
これが、私の人生を大きく変えてしまいました。
最初は「本当に売れるのかな?」くらいの気持ちだったのですが、世の中、何が当たるかわかりません。
ある日、あの有名な通販雑誌「通販生活」に掲載されたところ……
なんと、注文800個!
……いやいや、800個って。
竹バッグって、コンビニのおにぎりみたいに量産できませんからね(笑)
工房は一気にフル回転。
この年は、なんと弟子を4人も迎えることになりました。
しかも、そのうち二人は60歳からの弟子入り。
普通なら「定年後はのんびり」なのに、
うちでは「定年後に竹を編む」という謎ルートです。
でも、これがまた凄かった。
毎日切磋琢磨するうちに、みんなメキメキ上達。
若い弟子二人は、後に国認定の「伝統工芸士」にまで成長しました。
振り返れば、今まで育てた弟子は40人ほど。
その中で、
- 伝統工芸士になった者が4人
- 今でも竹工芸で生計を立てている者が約6割
これは、ちょっと自慢してもいいかなと思っています。
竹バッグ人気は、どんどん広がっていきました。
作り始めて5年ほど経った頃、
試しに「全国伝統的工芸品展」に応募してみたのです。
すると――
まさかの「伝統技術研究賞」受賞!


グランプリではありませんでしたが、
「これから伸びる作品」として評価されたのが、本当に嬉しかったですね。
表彰式では東京ドームへ。
山奥で竹を編んでいた人間が、東京ドームですよ。
人生って、本当にわからない(笑)
さらに時代も変わり始めていました。
昔は、
「作品だけ売れればいい」
という時代。
でも次第に、
「誰が、どこで、どんな思いで作っているのか?」
そこまで含めて、作品として見てもらえる時代になってきたのです。
デパートで実演販売を頼まれることも増え、
「作る人の顔」が求められるようになってきました。
そして私は、問屋さんとの付き合い方についても考えるようになります。
以前は、
生産者 → 問屋 → 小売店 → お客様
という流れでした。
問屋さんは在庫リスクを背負い、
オフシーズンにも注文を出してくれる、ありがたい存在だったのです。
ところが時代が変わり、
「注文が入った時だけ流す」
そんな“ブローカー化”する問屋さんも増えてきました。
でも、生産者側はそれでは困る。
春夏だけ忙しくて、冬は仕事ゼロ――では生活できません。
そこで私は、かなり生意気ですが(笑)
「年間を通して仕事を出してくれる問屋さんとだけ、お付き合いします」
とはっきり伝えるようになりました。
すると、不思議なことに、
こちらの考えを理解してくれる問屋さんとは、今でも長いお付き合いが続いています。
そして、この頃から少しずつ考え始めました。
「もう、自分で売っていく時代なんじゃないか?」
竹を編みながら、
そんなことを考え始めたのでした。


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