そもそも、何故竹細工をしているのか?(その2)〜お金をもらいながら修行!?〜

そもそも、何故竹細工をしているのか?シリーズ

〜お金をもらいながら修行!?〜

前回、「田舎暮らしがしたい」から竹細工にたどり着いた、という少々遠回りな話を書きました。

今回はいよいよ、その第一歩。
「別府職業訓練校 竹工芸課」入校編です。

現在は別府竹工芸訓練支援センターという名に変わっています。

……と、その前に。

実はこの訓練校、なかなか面白い仕組みがあります。

普通、学校というと「学費を払って通う」ものですが、ここは逆。

お金がもらえます。

なんだか怪しい話に聞こえますが(笑)、ちゃんとした制度で、雇用保険を受けながら学べる仕組みです。

つまり、「失業中だけど、ちゃんと次の仕事に向けて勉強しますよ」という人を応援してくれる制度。

これは本当にありがたい。

というのも、1年間まるまる無収入で竹細工を学ぶとなると、よほど貯金があるか、誰かに養ってもらわない限り、なかなか続きません。

当時の私は29歳。
雇用保険の支給期間はわずか3か月。

「え、3か月で1年分どうするの?」

……そこで、ちょっと頭を使います(笑)

受給期間中にアルバイトをすると、その分だけ支給期間が後ろに延びる仕組みを利用し、日雇いなどをしながら、なんとか4月頃まで引き延ばし。

結果、訓練校に入るタイミングで“受給中”の状態をキープ。

見事、1年間フルで雇用保険を受けながら通うことに成功しました。

いやぁ、制度ってちゃんと調べるものです(笑)

ちなみに当時は、前職の約6割が支給。
私の場合、月にだいたい16万円ほど。

これがあったからこそ、安心して竹細工に集中できました。

さて、ようやく本題。

無事に入校し、竹細工の世界へ足を踏み入れます。

当時の訓練校には、「竹工芸課」と「縫製課」があり、竹工芸課の定員は30名。

これがまた、なかなか面白いメンバー構成で、

16歳の少年から、60歳くらいのベテランまで。
まさに社会の縮図のような空間でした。

ただし、その全員が「竹細工職人を目指す!」というわけでもなく……

体感では半分くらい。
残り半分は――

「失業保険、いただきに来ました」組(笑)

当時は定年が55歳くらいでしたから、退職後に通っている方も多く、なかなかに自由な空気でした。

授業は朝8時半から15時40分まで。
隔週で土曜日休み、夏休みも冬休みもあり。

……こう書くと、かなり“ゆったりした学生生活”。

実際、時間には余裕がありました。

そして私は、このタイミングでとんでもないことを始めます。

「家づくり」

すでに安心院に土地は買っていたので、住む場所を作らなければいけません。

……が、建築の知識はゼロ。

元・外食産業ですから、包丁は持てても、ノコギリはほぼ素人。

普通に柱を立てる家は無理。
じゃあどうするか。

「丸太小屋ならいけるのでは?」

という、なんとも前向きな発想で、ログハウス作りに挑戦です(笑)

訓練校に入ったばかりの頃は、ちょうど基礎工事の真っ最中。

そしてゴールデンウィーク。

同級生に声をかけて、みんなに手伝ってもらいました。

竹細工も初めて。
家づくりも初めて。

……今思うと、なかなか無謀です(笑)

でも、その分――

夢だけは、たっぷりありました。

さて、この無謀な挑戦、どう転がっていくのか。

続きはまた次回。

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