~京都で撃沈…のはずが、伊勢丹で人生が動いた話~
「もう、これからは自分で売っていく時代かもしれない」
そんなことを考え始めたのが1999年頃でした。
とはいえ、最初から大それた計画があった訳ではありません。
「とりあえず、どこかで個展でもやってみるか」
そんな軽いノリです(笑)
そこで京都の友人(むかしからの50年来の友)に相談すると、
「よし、任せとけ!」
と、何軒かギャラリーを紹介してくれました。
さっそく京都へ。
ところがですねぇ…
さすが京都。文化の都。芸術の都。
そして――なかなか手強い都(笑)
ギャラリーには大きく二種類あります。
- 場所だけ貸してくれる「貸しギャラリー」
- お客さんも呼んでくれる「企画ギャラリー」
でも、問題はその条件。
「場所代もいただきます」
「売上の4割いただきます」
……え? 両方!?
しかも、まだ無名の職人ですから、丁寧に“あしらわれる”感じ。
京都弁の柔らかさに包まれながら、しっかり心を折られました(笑)
腹の中では、
「京都なんかでやるもんかーーーい!」
と、半分ふてくされ状態。
そんな気分で京都駅へ向かい、新幹線まで時間があったので、前年オープンしたばかりの「京都伊勢丹」をちょっと覗いてみたのです。


すると――
8階のリビング売り場に、自分の作品が並んでいるではありませんか。
「あれ? うちの子たち、こんな所にいたの?」
問屋さん経由で全国に流れていたので、偶然の再会です。
近くにいた女性店員さんに、
「この作品、私が作ったんですけど…」
と声を掛けると、売り場のマネージャー、本間さんを呼んでくれました。
そこで、
「作品を扱っていただいてありがとうございます」
とお礼を伝え、今回の“京都ギャラリー撃沈事件”の話をしたのです。
すると本間マネージャーが、さらっと一言。
「高江さん、お盆に売り場作りますから、うちでやりませんか?」
……え?????
京都で個展を断られ続けた翌日に、
まさかの伊勢丹から直オファー。
人生って、急カーブがすごい(笑)
ただ問題が一つ。
お盆まで、あと2か月。
作品が無い。
いや、正確には――
「そんな大量に作る時間が無い!」
普通、職人というのは効率重視です。
同じ作品を5個、10個、時には100個単位で作ります。
でも展示会となると、
「種類を増やさないといけない」
つまり、
“2個ずつ違う作品を大量に作る”
という、職人泣かせの地獄モード突入です。
工房に戻るなり、弟子たち全員集合。
事情を説明して、
「みんな、力を貸してくれ!」
すると弟子たちも、
「やりましょう!」
と賛同してくれたのです。
こうして工房総出の“京都伊勢丹大作戦”が始まりました。
そして――

ここから、私たちの快進撃が始まることになるのです。


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