スキーを覚えに行ったはずが、人生勉強までしてきた話
昭和という時代は、とにかくスキーが熱かった。
昭和30年代には映画『白銀は招くよ!』で火が付き、昭和40~50年代には『アルプス若大将』の加山雄三に憧れて若者がゲレンデへ。そして昭和60年代には『私をスキーに連れてって』で空前のスキーブーム。リフト待ちが1時間なんて当たり前という、今では信じられない時代でした。

そんなブームの少し前、私が学生だった昭和50年頃のことです。
何度か友人にスキーへ連れて行ってもらいましたが、どうにも上達しません。
「何か、スキーが上手くなって、おまけにお金まで稼げるアルバイトはないものか…。」
そんな都合のいい話を探していたら、本当にありました。
長野県・白馬村、岩岳スキー場のペンションで住み込みアルバイト募集!
仕事は接客や調理補助、掃除など。そして毎日2時間ほど自由時間があり、その間はスキー滑り放題。
「これしかない!」
そう思って、暇そうな同級生を誘い、電車に揺られて白馬へ向かいました。
ところが、「毎日スキー三昧」という甘い想像は、初日で吹き飛びます。
朝6時から仕込みが始まり、掃除をして、お店が開けばお客さんが次々に押し寄せます。
窓の外では、カラフルなスキーウェアを着た若者たちが楽しそうに滑っています。
「いいなあ…。」
そう思いながら、私は厨房で皿洗いです(笑)。
私が働いたペンションは、実は「ペンション」というより、ゲレンデのど真ん中にある、おしゃれなレストランという雰囲気でした。
オーナーは大のお金持ちで、スキー好きが高じて趣味で始めたような人。
日本中がスキーブームだったこともあり、お店の前のリフトには何百人もの大行列。
昼食時間ともなれば、厨房はまさに戦場です。
「カレー3つ! ラーメン5つ! カツ丼急いで!」
気が付けば午後3時。
ようやく一息つける時間になると、「行ってこい!」と自由時間をもらい、慌てて板を担いでゲレンデへ飛び出します。
これが毎日の楽しみでした。
しかし、このアルバイトで一番印象に残っているのは、スキーではありません。
夜です。
仕事が終わると、屋根裏の寝室で始まる大人たちの時間。
酒を酌み交わしながら花札を囲み、「かんちゃん」と呼ばれる賭け事が始まるのです。

私たち学生アルバイトは、お金も度胸もありません。
隅っこで見学するだけでしたが、その雰囲気たるや、まるで高倉健の映画の世界。
普通のサラリーマンというより、どこか任侠映画から抜け出してきたような人たちばかりです。
ゲームのルールは意外なほど単純。
最初に2枚の花札が配られ、その2枚の「間」の月札が3枚目に来ると思えば勝負。
例えば、1月札と10月札なら、2月から9月まで当たりが8種類もあります。
ところが、2月札と4月札なら、当たりは3月札ただ1枚。
運と度胸だけの世界です。
ところが、この単純さが恐ろしい。
「これは勝った!」
と全額勝負したところへ、まさかの1月札。
実は同じ札は「間」ではないので、その瞬間に全額没収。
場代として積まれたお金は、100円から500円、1000円、3000円……と、雪だるま式に膨らんでいきます。
見ているだけでも、こちらまで手に汗握る展開でした。
幸いだったのは、私たち学生には賭けるほどのお金がなかったことです。
もし財布の中に少し余裕があったら…
「一回だけ。」
そんな軽い気持ちで参加していたかもしれません。
そうなっていたら、冬休みが終わっても借金が返せず、白馬から帰れなかったかもしれませんね(笑)。
スキーを覚えに行った冬でしたが、覚えて帰ってきたのは「世の中には近づかないほうがいい勝負もある」ということ。
これもまた、学生時代ならではの、忘れられないアルバイト体験です。


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