私の青春映画館「浄心ハイツ」

ブログ

以前、人生で初めて映画館で観た作品が、弁天座の**『わんぱく王子の大蛇退治』**だったと書きました。

でも、本当にお世話になった映画館といえば、やっぱり**「浄心ハイツ」**です。

名前だけ聞くと、ちょっとお洒落なマンションのようですが、れっきとした映画館です。

しかも「三番館」。

今の若い人には「三番館って何?」でしょうね。

昭和の映画館には、一番館、二番館、三番館という序列がありました。

一番館は封切りの最新映画を上映する、いわばエリート映画館。

二番館は少し遅れて上映。

そして私たちの味方が三番館です。

料金は安い。

しかも映画は2本どころか3本立て。

さらに、一度入れば入れ替えなし。

つまり、朝入って夜まで映画三昧ができるという、子どもにとっては夢のような場所でした。

当時、小学生料金は50円くらい。

今ならジュース一本も買えませんが、その50円で丸一日遊べたのですから、なんとも良い時代でした。

私が通っていた浄心ハイツは洋画専門館。

『007シリーズ』に胸を躍らせ、

マカロニウエスタンでクリント・イーストウッドに憧れ、

SF映画では宇宙へ飛び、

怪奇映画では夜トイレに行けなくなる…。

そんな少年時代でした。

三番館には、三番館ならではのルールもありました。

上映が始まると、まず座る。

一本目が終わる頃になると、帰る人がちらほら。

すると皆、空いた席を見つけて一斉に移動します。

目的はただ一つ。

少しでも座り心地のいい席を確保すること。

今思えば、小学生のくせに座席移動だけはベテランでした(笑)。

とはいえ、椅子は木製だったり、クッションがぺちゃんこだったり。

映画が終わる頃には、お尻のほうが先に「もう帰ろう」と言っていました。

それでも映画が始まれば痛みなど忘れてしまうのだから、不思議なものです。

一度など、朝「映画へ行ってくる!」と出かけ、そのまま夢中になって帰るのを忘れてしまったことがあります。

気がつけば夜11時。

とうとう母が心配して映画館まで迎えに来ました。

映画館の暗がりで見つかった時の母の顔は…

ジェームズ・ボンドより怖かったことだけは、今でもはっきり覚えています。

そんな浄心ハイツも、映画産業の衰退とともに1983年に閉館。

映画館はなくなってしまいましたが、私の心の中では今も上映中です。

あのスクリーンで見た007も、西部劇も、SFも、そして母の怖い顔も…。

どれも私の青春を映してくれた、大切な思い出です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました