由布院「佛山寺」②

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お墓をここに決めた、もう一つの理由

前回、由布院の「佛山寺」に母のお墓を作った話を書きました。

「なぜ、わざわざ由布院の佛山寺に?」

その理由は、もちろんロケーションが素晴らしいから

金鱗湖の近くで、静かで、緑があって、歴史があって……。

でも、実はもう一つ、いや、私にとってはこちらの方が大きな理由かもしれません。

それは……

住職さんが素晴らしいからです。

「お寺って、ちょっと入りづらい……」を覆す住職

佛山寺の住職は、足利能忍(あしかが のうにん)さん。

お寺とか禅寺と聞くと、

「なんとなく敷居が高いなぁ……」

「お坊さんって、ちょっと話しかけにくそう……」

なんて思う人もいるかもしれません。

ところが、この足利さん。

とにかく話しやすい。

そして優しい。

実際、御朱印をいただいた参拝客からも、

「話しやすくて優しいご住職」

「とても素敵なご住職と奥様」

という声が多いようです。

まあ、私の場合は「参拝客として初めまして」ではありません。

何しろ……

40年以上前からの知り合いですから(笑)。

実は、住職と私は「竹の学校」の同級生

ここで、ちょっと意外な話です。

実は私と足利さん、昔、竹の訓練校の同級生だったのです。

私はこれからの人生で何か手に職をつけたいと思い、竹細工を学ぶために訓練校へ。

一方、当時30歳くらいだった足利さんは、まだ先代のご住職がご存命でした。

お寺というのは、何かと花を飾る機会が多い。

そこで、

「花を生ける籠なんかも、自分で作れるようになったらいいな」

という理由で、竹の訓練校にやって来たのです。

なんとも、お寺の住職らしい理由ですね。

一年間の訓練期間。

朝から晩まで……というほどではありませんが、一年間机を並べて過ごせば、人間というものはだいたい分かります。

「あ、この人は信用できるな」

「この人、裏表がないな」

「人間味のある人だな」

私は、当時からそんな印象を持っていました。

40年経っても、人柄は変わらない

それから卒業して、なんと40年以上。

長いですねぇ。

普通なら、

「昔はいい奴だったんだけどねぇ……」

なんてこともありますが(笑)、足利さんは違いました。

40年以上経った今も、その人柄は変わっていません。

現在は、由布院の名僧として活躍されています。

同級生だった人が、今では立派なお坊さん。

人生、どこでどうなるか分かりません。

まさか竹を削っていた同級生に、後年、自分のお墓をお願いすることになるとは……。

人生って、なかなか面白いものです。

「お経は、声がいいだけじゃない」

私も仕事や地域の関係で、いろいろなお葬式に出る機会があります。

そこで、ちょっと残念に思うこともあります。

ただ時間をやり過ごすように、お経を口の中でモゴモゴ……。

そして、亡くなった方とはあまり関係のない説法。

「……これ、誰のためのお葬式なんだろう?」

と思ってしまうことも、正直あります。

ところが、足利さんの葬儀は違いました。

声がよく通る。

そして、染み入るような読経です。

「お経って、声や作法だけでも、こんなに違うものなのか」

と思わせられます。

何より、修行を積んだお坊さんの作法や仕草には、やはり素人には出せないものがあります。

そして、突然の「喝!」

そして葬儀の終盤。

禅宗のお葬式で行われる「引導」の場面で……

「喝!」

と、大きな声が響きます。

初めて聞いたら、そりゃあビックリします。

「えっ、今、怒った?」

と思うくらいの大声です(笑)。

でも、これは単なる気合いではありません。

「引導」と呼ばれる、故人を悟りの世界へ導くための大切な儀式なのだそうです。

この「喝」には、いくつかの意味があります。

まず、この世への未練や執着を断ち切るため。

「まだ家族のそばにいたい」

「まだ死にたくない」

そんな迷いや執着を、一喝して振り払う。

そして、禅宗では、言葉では説明しきれない仏の教えを、心から心へ伝えることを大切にします。

だからこそ、「喝!」という一声に、言葉を超えた教えを込める。

さらに、亡くなった人にとって死は終わりではなく、仏の弟子となって新しい修行へ向かう旅立ちでもある。

だから、

「迷わず、まっすぐ行きなさい!」

と、最後に気合いを入れて送り出す。

そう聞くと、あの「喝!」が、ただの大声ではなくなります。

むしろ、

「さあ、行ってこい!」

という、最後の激励のように聞こえてきます。

だから、母をここにお願いした

そんな足利さんに、母をお願いしたかった。

それが、佛山寺に母のお墓を作った大きな理由の一つです。

そして、私たち夫婦のお墓までここに予約しました。

40年以上前に、竹の訓練校で一緒に机を並べていた友人。

その人が今、住職としてこの場所を守っている。

そう考えると、なんだか不思議なご縁です。

母のお骨も、私たちのお墓も、単に「場所が良かったから」というだけではありません。

「この人にお願いしたい」

そう思える人が、そこにいる。

お墓を選ぶというのは、結局そういうことなのかもしれません。

由布院という素晴らしい場所。

佛山寺という歴史あるお寺。

そして、40年以上変わらない友人の人柄。

この三つが揃ったので、

「ここなら安心だな」

と思ったわけです。

とはいえ、私たちのお墓はすでに出来上がっていますが、まだまだ入る予定はありません。

名前は赤文字のまま。

できれば……

赤文字のまま、あと何十年も過ごしたいと思っています(笑)。

足利さん、これからも母のこと、そして将来の私たちのことも、どうぞよろしくお願いします。

……と言っても、私たちの出番は、まだまだ先でお願いしますよ(笑)。

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