~竹職人、四度の危機を生き延びる~
ミラノ展示会、大成功!
「あのタイミングで海外展開しておいて、本当に良かった…」
今だからこそ、そう思います。
なぜなら――
ミラノ展が終わったのは2008年6月。
そのわずか3か月後、世界を震わせた「リーマン・ショック」がやってきたのです。
世界中の経済がガタガタ。
株価暴落。
景気後退。
「100年に一度」とまで言われた大不況。
もし、あの展示会があと少し遅かったら、海外展開どころではありませんでした。
振り返ってみると、竹細工人生40数年の中で、大きな危機は4回ありました。
第一の危機:バブル崩壊
1980年代、日本は超景気のいい時代。
竹細工業界も景気が良すぎて、
- 展示会の商品を棚ごと大人買い
- デパート催事で1日100万円売上
- 若手職人も「俺、売れっ子作家かも」と勘違い
…そんな夢みたいな時代だったそうです。
ところが、1990年。
バブル崩壊。
突然、物が売れなくなり、多くの職人が業界を去りました。
でも私は、その後にスタートした世代。
最初から「厳しいのが普通」だったので、逆に助かったのかもしれません。
第二の危機:リーマン・ショック
こちらは世界規模。
特に竹のハンドバッグは高級品。
買ってくださるのは、比較的余裕のあるお客様です。
その“余裕層”が、一気に冷え込んだ。
当然、売上も激減。
「高級品は景気に左右される」
それを骨身に染みて感じました。

第三の危機:東日本大震災
2011年。
まだリーマンショックの傷も癒えていない頃に、今度は震災。
しかも、この時期ちょうど私は、世界的デザイナーの シビラ・ソロンド とコラボしたバッグを発表予定でした。
「これは新しい展開になるぞ!」
…と思った矢先。
3月11日。
日本中が“買い物どころじゃない”空気になりました。
結果、企画は大苦戦。
「良いものを作れば売れる」
それだけでは越えられない壁があることを、痛感しました。
そして第四の危機:コロナショック
これはもう別格でした。
経営が苦しい、なんてレベルではなく、
「世界そのものが止まるのでは?」
そんな恐怖。
展示会は消える。
人は動けない。
先が全く見えない。
70年近い人生の中でも、一番大きな不安だったかもしれません。
でも――
人生って不思議なもので、
大きなピンチの後には、思いがけないチャンスが転がっているんです。
さて、竹職人はこの危機をどう乗り越えたのか?
続きは次回です。

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