そもそも、何故竹細工をしているのか?(その28)~竹職人、四度の危機を生き延びる~

そもそも、何故竹細工をしているのか?シリーズ

~竹職人、四度の危機を生き延びる~

ミラノ展示会、大成功!

「あのタイミングで海外展開しておいて、本当に良かった…」

今だからこそ、そう思います。

なぜなら――
ミラノ展が終わったのは2008年6月。

そのわずか3か月後、世界を震わせた「リーマン・ショック」がやってきたのです。

世界中の経済がガタガタ。
株価暴落。
景気後退。
「100年に一度」とまで言われた大不況。

もし、あの展示会があと少し遅かったら、海外展開どころではありませんでした。

振り返ってみると、竹細工人生40数年の中で、大きな危機は4回ありました。

第一の危機:バブル崩壊

1980年代、日本は超景気のいい時代。

竹細工業界も景気が良すぎて、

  • 展示会の商品を棚ごと大人買い
  • デパート催事で1日100万円売上
  • 若手職人も「俺、売れっ子作家かも」と勘違い

…そんな夢みたいな時代だったそうです。

ところが、1990年。
バブル崩壊。

突然、物が売れなくなり、多くの職人が業界を去りました。

でも私は、その後にスタートした世代。

最初から「厳しいのが普通」だったので、逆に助かったのかもしれません。

第二の危機:リーマン・ショック

こちらは世界規模。

特に竹のハンドバッグは高級品。
買ってくださるのは、比較的余裕のあるお客様です。

その“余裕層”が、一気に冷え込んだ。

当然、売上も激減。

「高級品は景気に左右される」

それを骨身に染みて感じました。

第三の危機:東日本大震災

2011年。

まだリーマンショックの傷も癒えていない頃に、今度は震災。

しかも、この時期ちょうど私は、世界的デザイナーの シビラ・ソロンド とコラボしたバッグを発表予定でした。

「これは新しい展開になるぞ!」

…と思った矢先。

3月11日。

日本中が“買い物どころじゃない”空気になりました。

結果、企画は大苦戦。

「良いものを作れば売れる」

それだけでは越えられない壁があることを、痛感しました。

そして第四の危機:コロナショック

これはもう別格でした。

経営が苦しい、なんてレベルではなく、

「世界そのものが止まるのでは?」

そんな恐怖。

展示会は消える。
人は動けない。
先が全く見えない。

70年近い人生の中でも、一番大きな不安だったかもしれません。

でも――

人生って不思議なもので、
大きなピンチの後には、思いがけないチャンスが転がっているんです。

さて、竹職人はこの危機をどう乗り越えたのか?

続きは次回です。

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