「カブトムシが教えてくれた商売の世界」

アルバイト

我が家は森に囲まれた一軒家です。

住人は私たち家族だけではありません。

鹿、猪、狸、イタチ、蛇……夜になると誰かしらが庭を横切ります。まるで小さな動物園。入園料はいただいておりません。

もちろん虫たちも大勢暮らしています。

家の周りにはクヌギの木がたくさんあるので、夏になるとクワガタやカブトムシが続々と集まってきます。

この時期になると、都会から昆虫採集に来る親子連れも見かけます。

でも、そう簡単には捕れません。

「木を見上げればカブトムシが鈴なり!」

…そんな夢のような話はありません。

息子たちが小学生だった頃は、本気でした。

バナナをストッキングに詰め込み、発酵させてクヌギの木にぶら下げる。

夜は白いシーツを広げ、懐中電灯でライトアップ。

傍から見れば、怪しい秘密結社の儀式です。

しかし、その努力の甲斐あって虫かごはカブトムシでいっぱい。

兄弟は大喜びです。

そこで私は思いました。

「これは社会勉強になるんじゃないか?」

我が家から2キロほど下ると国道があります。

とは言っても、都会のように車がひっきりなしに走るわけではなく、「あ、車来たね」と話題になる程度の交通量です。

私は息子たちに提案しました。

「カブトムシ、売ってみる?」

返事は当然、

「え~~~~っ!」

でした。

それでも兄弟は段ボールを持ち出し、マジックで大きく書きます。

『カブトムシ売ります。』

そして国道脇に二人でちょこんと座りました。

……車は素通り。

……また素通り。

……さらに素通り。

親としては少々胸が痛みます。

しかし時々、車が止まります。

興味を持ってくれた人がいたのです。

私はあえてその場を離れ、子供たちだけに任せて家へ戻りました。

3時間後。

様子を見に行くと、兄弟はニヤニヤしながら立っています。

どうやら完売したらしい。

帰りの車の中は大盛り上がりです。

「優しいおじさんが買ってくれた!」

「値切る人もいた!」

「最後のおじさん、1000円で全部買ってくれた!」

二人とも興奮して話が止まりません。

私は、この経験は大成功だったと思っています。

物を売ること。

お金をいただくこと。

人と話すこと。

親切な人もいれば、値切る人もいること。

世の中にはいろんな人がいること。

教科書には載っていない、大切な社会勉強です。

そういえば私も子供の頃、磁石をぶら下げて鉄くずを拾い、お小遣い稼ぎをしていました。

何十年経った今でも、その時のことを鮮明に覚えています。

きっと息子たちの記憶の中にも、

国道の片隅で段ボールを前に座り、

「カブトムシ売ります。」

と書いた、あの夏の日が残っているのでしょう。

もしかすると将来、

「僕たちの商売の原点はカブトムシでした」

なんて話す日が来るかもしれません。

……その時は、値切ったおじさんのことも忘れずに語り継いでほしいものです。

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