そもそも、何故竹細工をしているのか?(その14)〜ペルーへ!そして世界は想像以上だった〜

そもそも、何故竹細工をしているのか?シリーズ

〜ペルーへ!そして世界は想像以上だった〜

ドミニカ共和国で約1か月。

毎晩の宴会とラテン音楽のおかげで、

気がつけば――

なんとなくスペイン語の“響き”には慣れてきました。

「よし、そろそろ本来の目的地へ行こう!」

ということで、

いよいよペルーへ向かいます。

ドミニカとお別れ、あくびの人が真鍋さん

ルートは、

サントドミンゴ → マイアミ → ロサンゼルス。

来た時と逆コースです。

するとここでも、

あの男の人脈が炸裂。

そう、

高橋さん。

なんと、

JALロサンゼルス支店長が同級生。

高橋さんが一本電話を入れると――

「ホテル、用意してあります」

……え???

しかも豪華ホテル。

支店長さんからのご招待。

どこまで顔が広いんですか、この人(笑)

ドミニカの熱気と雑踏から一転、

大都会ロサンゼルス。

ようやく、

「新婚旅行っぽい雰囲気」を味わえました(笑)

3日ほどロサンゼルス観光を楽しみ、

そこからメキシコ経由でペルーへ。

ところが当時のニュースでは、

「ペルーは治安悪化」

「バスジャック頻発」

などなど、不安な話ばかり。

飛行機の中で、日本人っぽい人を見つけて情報収集です。

「危なくないですか?」

すると返ってきた答えが――

「大丈夫。強盗が出ても、君なら倒せるよ。」

……雑(笑)

そんな適当な励ましを受けつつ、

リマ空港へ到着。

実際にペルーの人々を見て驚きました。

とても日本人に似ているのです。

体格も小柄で、顔立ちもどこか親近感がある。

後で知ったのですが、

ペルーの先住民族は、私たちと同じ“モンゴロイド系”。

小さい頃には蒙古斑も出るそうです。

「なるほど、遠い国なのに妙に落ち着くわけだ」

と妙に納得。

リマでは高橋さん夫婦と1週間ほど過ごしました。

しかしここで別行動。

高橋さん夫妻は先に帰国。

私たち夫婦は、さらに2か月ほど南米を旅する予定だったのです。

高橋さんたちは飛行機でクスコへ。

私たちは――

路線バス。

しかも途中、

ナスカの地上絵の横を通過。

……ただし地上からなので見えません(笑)

そして到着したのが、

ペルー第二の都市・アレキーパ。

標高約2300メートル。

クスコ(3400メートル)の高山病対策として、

まず中間地点で体を慣らす作戦です。

これが大正解。

街は落ち着いていて美しく、

食べ物も美味しい。

さらに驚いたのがホテル代。

当時、

三ツ星クラスのツインルームで――

一泊1000円〜1500円。

安い。

しかも快適。

私たちは予約などせず、

ホテルへ飛び込み。

「部屋、見せてください」

気に入ったら泊まる。

気に入らなければ次。

なんとも自由な旅です(笑)

アレキーパで1週間ほど過ごした後、

いよいよ高山鉄道でクスコへ。

クスコへ向かう高山列車

ところがここで、

人生最大級のカルチャーショックが待っていました。

途中で「乗り換え」があると聞いていたのですが、

頭の中では日本式。

ホーム移動して、

何番線に乗る――

そんなイメージ。

しかし現実は違いました。

単線の線路の上で、

アレキーパ発の列車と、

クスコ発の列車が――

荒野のど真ん中で正面停止。

そして、

全乗客、降車。

線路を歩いて、

向こうの列車へ自力乗り換え。

……えぇぇぇぇ!?

場所は標高3000メートル近い高地。

大荷物を背負って、

ゼエゼエ言いながら線路を歩く。

「これ、本当に正式な乗り換えなの?」

と疑いたくなる光景でした(笑)

でも、それが世界の現実。

日本の“当たり前”が、

世界では全然当たり前じゃない。

そんなことを実感した出来事でした。

そして――

無事、クスコ到着。

旅はいよいよ、

インカの世界へ入っていきます。

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