〜ペルーへ!そして世界は想像以上だった〜
ドミニカ共和国で約1か月。
毎晩の宴会とラテン音楽のおかげで、
気がつけば――
なんとなくスペイン語の“響き”には慣れてきました。
「よし、そろそろ本来の目的地へ行こう!」
ということで、
いよいよペルーへ向かいます。

ルートは、
サントドミンゴ → マイアミ → ロサンゼルス。
来た時と逆コースです。
するとここでも、
あの男の人脈が炸裂。
そう、
高橋さん。
なんと、
JALロサンゼルス支店長が同級生。
高橋さんが一本電話を入れると――
「ホテル、用意してあります」
……え???
しかも豪華ホテル。
支店長さんからのご招待。
どこまで顔が広いんですか、この人(笑)
ドミニカの熱気と雑踏から一転、
大都会ロサンゼルス。
ようやく、
「新婚旅行っぽい雰囲気」を味わえました(笑)
3日ほどロサンゼルス観光を楽しみ、
そこからメキシコ経由でペルーへ。
ところが当時のニュースでは、
「ペルーは治安悪化」
「バスジャック頻発」
などなど、不安な話ばかり。
飛行機の中で、日本人っぽい人を見つけて情報収集です。
「危なくないですか?」
すると返ってきた答えが――
「大丈夫。強盗が出ても、君なら倒せるよ。」
……雑(笑)
そんな適当な励ましを受けつつ、
リマ空港へ到着。
実際にペルーの人々を見て驚きました。
とても日本人に似ているのです。
体格も小柄で、顔立ちもどこか親近感がある。
後で知ったのですが、
ペルーの先住民族は、私たちと同じ“モンゴロイド系”。
小さい頃には蒙古斑も出るそうです。
「なるほど、遠い国なのに妙に落ち着くわけだ」
と妙に納得。
リマでは高橋さん夫婦と1週間ほど過ごしました。
しかしここで別行動。
高橋さん夫妻は先に帰国。
私たち夫婦は、さらに2か月ほど南米を旅する予定だったのです。
高橋さんたちは飛行機でクスコへ。
私たちは――
路線バス。
しかも途中、
ナスカの地上絵の横を通過。
……ただし地上からなので見えません(笑)
そして到着したのが、
ペルー第二の都市・アレキーパ。
標高約2300メートル。
クスコ(3400メートル)の高山病対策として、
まず中間地点で体を慣らす作戦です。
これが大正解。
街は落ち着いていて美しく、
食べ物も美味しい。
さらに驚いたのがホテル代。
当時、
三ツ星クラスのツインルームで――
一泊1000円〜1500円。
安い。
しかも快適。
私たちは予約などせず、
ホテルへ飛び込み。
「部屋、見せてください」
気に入ったら泊まる。
気に入らなければ次。
なんとも自由な旅です(笑)
アレキーパで1週間ほど過ごした後、
いよいよ高山鉄道でクスコへ。

ところがここで、
人生最大級のカルチャーショックが待っていました。
途中で「乗り換え」があると聞いていたのですが、
頭の中では日本式。
ホーム移動して、
何番線に乗る――
そんなイメージ。
しかし現実は違いました。
単線の線路の上で、
アレキーパ発の列車と、
クスコ発の列車が――
荒野のど真ん中で正面停止。
そして、
全乗客、降車。
線路を歩いて、
向こうの列車へ自力乗り換え。
……えぇぇぇぇ!?
場所は標高3000メートル近い高地。
大荷物を背負って、
ゼエゼエ言いながら線路を歩く。
「これ、本当に正式な乗り換えなの?」
と疑いたくなる光景でした(笑)
でも、それが世界の現実。
日本の“当たり前”が、
世界では全然当たり前じゃない。
そんなことを実感した出来事でした。
そして――
無事、クスコ到着。
旅はいよいよ、
インカの世界へ入っていきます。


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