――やっとポークライスの話です。……と思ったら、また脱線します――
ここまで書いてきて、ふと気が付きました。
話がどんどん逸れている。
タイトルは「幻のポークライス物語」なのに、最近はポークライスそっちのけで、アルバイト生の話ばかりになっているのです。
これではいけません。
一応、ここらで原点に立ち返りましょう。
今回は、あの幻のポークライスが、一体どのように作られていたのかをご紹介したいと思います。
まずは豚の肩ロースから
ポークライスに使っていたお肉は、豚の肩ロースです。
業務用の肩ロースというのは、だいたい直径10センチほどの丸棒のような形で、冷凍された状態で入ってきます。
これを少し冷蔵庫に入れておくと、冷凍が少し緩み、ようやく包丁が入るようになります。
そして、この半分凍った肩ロースを――
牛刀一本でスライスしていくのです。
厚さは、およそ1.5ミリ。
今なら、
「スライサーを使えばいいじゃないですか」
と言われそうですが、当時は喫茶店を改装して始めたお店です。
そんな立派な機械はありません。
あるのは、
半氷の豚肉と、牛刀と、腕の力。
ひたすら切る。
また切る。
さらに切る。
おかげで、私の右腕は見事に太くなりました。
ポークライス作りは、知らないうちに筋トレも兼ねていたようです。
金網の上で、ジュージュー!
スライスした豚肉は、焼き炉の金網の上で焼いていきます。
ただ焼くだけではありません。
少し香辛料の効いた特製のつけダレに漬けながら、ジュージューと焼いていきます。
ポークライス一杯分のお肉は、4切れ。
重さにして、およそ60グラムになるように切り分けていました。
焼ける肉の香り。
タレが焦げる香ばしい匂い。
これはもう、近くを通る人にとっては、なかなか危険な香りです。
「何か、いい匂いがする……」
と、ついつい店のほうへ足が向いてしまう。
今でいうところの、香りによる集客作戦。
当時は、そんな難しいことは考えていなかったと思いますが……。
とにかく、いい匂いでした。
麦ごはん250グラム!
肉が焼き上がる頃を見計らって、どんぶりに麦ごはんをよそいます。
その量、約250グラム。
なかなかのボリュームです。
そして、ご飯の上には少し甘めの「ご飯ダレ」をかけます。
このタレをかける道具が、ちょっと変わっていました。
タレが3本に分かれて、同時に出てくる独特の道具を使っていたのです。
シャシャシャッ!
と、きれいにタレがかかる。

今思えば、ちょっとした演出だったのかもしれません。
そのタレのかかった麦ごはんの上に、焼き上がった豚肉を4切れ。
さらに、その上から小ねぎを彩りよくパラパラ。
これで完成です。
幻のポークライス、出来上がり!
お値段、なんと350円
これが、実に美味しかったのです。
……と、自分で言うのもなんですが。
本当に美味しかった。
ポークライス単品で、
350円。
さらに、
ミニサラダと小さなわかめスープをセットにしても、
500円。
今の時代に聞くと、
「本当にそれで商売になったの?」
と言われそうな値段です。
しかし当時は、これが私たちの勝負でした。
すぐに売れるほど、世の中は甘くない
もちろん、新しいメニューを出したからといって、すぐにお客さんが押し寄せたわけではありません。
認知されるまでには、相当苦労しました。
しかし、以前にも書いたように、
「ここには責任者がいない!」
と、若かった私が思わず言ってしまったあの日から、状況が少しずつ変わっていきました。
自分が責任を取る。
そう腹を括ってからです。
不思議なものです。
徐々にお客さんが増えていったのです。
もちろん、私一人の力ではありません。
パートの奥さんたち。
そして、個性豊かなアルバイト生たち。
みんなの力があったからこそ、お店は少しずつ変わっていきました。
ついに、喫茶店から食事処へ
ある程度、先が見えてきた頃。
思い切って、お店を改装しました。
カウンター。
テーブルを2脚。
そして、小上がりの座敷を作りました。
さらに、掘りごたつ式のテーブルを2脚。
こうして改装してみると……。
もう、喫茶店の雰囲気はほとんどありません。
完全に、
「ご飯を食べに来る店」
へと変わっていきました。
テーブルには焼肉コンロを置き、食事がメインのお店になっていったのです。
私がこの店を引き継いだ頃は、月商100万円に届くかどうか。
そんな小さなお店でした。
それが約5年後。
私が退職する頃には、
月商300万円ほどの繁盛店
になっていました。
5年かけて、少しずつ、少しずつ。
ポークライスから始まった小さな挑戦が、形になっていったのです。
そして何より、それを支えてくれたパートの奥さんたちや、アルバイト生たちには、本当に感謝しています。
……さて。
ここまで、きれいにポークライスの話に戻ってきました。
今回はこれで終われば、タイトルに偽りなしです。
しかし。
ここで終われないのが、この物語。
また、アルバイト生の話に戻ります。
次に現れたのは、「広パッチ」

分大生の鈴木さんの後に入ってきたのが、教育学部の学生、広畑君です。
彼は、大学生のくせに――
なんだか貫禄がある。
そして、
態度がでかい。
(笑)
お店で一緒にいると、
「どちらが上司なんだ?」
と、思ってしまうような雰囲気を持った学生でした。
態度は大きい。
貫禄もある。
ところが、ちょっとした弱点がありました。
スキップができない。
これが教員資格に関係したのか、なかなか卒業できず、ついに大学5年生を迎えることになります。
そして彼も、お店の寮に居候。
なかなかの存在感です。
そんな広畑君。
いつしか私たちは、親しみを込めて、
「広パッチ」
と呼ぶようになりました。
急な出勤依頼をすると……
誰かアルバイト生に急用ができて、急に出勤できなくなったとします。
そこで広パッチに電話します。
「ちょっと、誰々が来られなくなったんだけど、今日、助けてくれない?」
すると――。
「わーりー」
……以上。
実に貫禄のある一言で断られます。
さすが広パッチ。
頼もしいのか、頼もしくないのか。
そのあたりは、なかなか判断が難しいところです。
小さいけれど、頼りになる男

そして続けて入ってきたのが、長崎出身の井出坊。
小さくて、どこか可愛らしい。
しかし、
口だけは一人前。
なかなかの人物でした。
彼が乗っていた車も印象的です。
体にぴったり合ったような、小さな車。
フォルクスワーゲンの小型版のような、
スバル360。
愛称は、
「てんとう虫」
です。
小さな井出坊が、小さなてんとう虫に乗ってやって来る。
なかなか絵になります。
困った時の井出坊
また誰かが急に休みになったとします。
今度は井出坊に電話します。
「ちょっと、誰々が来られなくなったので、今日助けてくれない?」
すると、
「え~~~~、仕方ないですね」
と言いながら、
ちゃんと来てくれる。
口では少し文句を言う。
しかし、来てくれる。
小さいけれど、
実に頼りになる男です。
(笑)
ポークライスを売るために始まった小さなお店。
そこで出会った、たくさんの人たち。
真面目な青年。
肉を愛しすぎた男。
黙々と努力を積み重ねた大人しい男。
態度はでかいのにスキップが苦手な男。
そして、小さな体で、困った時には駆けつけてくれる男。
振り返ってみると、ポークライスそのものと同じくらい、
一緒に働いた人たちの思い出が残っています。
いや、もしかすると……。
ポークライスより、人間のほうが濃かったのかもしれません。


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