遠藤君の仕事は、竹が「自然に見える」から面白い

作品紹介

別府市のSNSで、別府駅前の「手湯のモニュメント」がリニューアルされたという記事を見かけました。

制作したのは、伝統工芸士の遠藤元君

「おお、遠藤君がやったのか」

そう思って、さっそく別府駅まで見に行ってきました。

別府といえば温泉。

駅前の手湯も、別府に来た人なら一度は手を入れてみたくなる場所です。

今回のモニュメントは、そんな「温泉のまち・別府」を、もう一つの別府の顔である竹細工で表現したもの。

温泉から立ち上る湯気や、湯のしぶきが、竹の曲線になってふわりと浮かんでいます。

ぱっと見た印象は、とてもシンプル。

でも、竹細工を知っている人間からすると、

「これ、けっこう面倒な仕事をしてるな……」

となります(笑)。

竹を「曲げる」のではなく、竹の性質を利用する

このモニュメントを見て、一番面白いと思ったのが、竹の使い方です。

波のように流れている竹は、長さ約3メートルほどの竹を、幅2ミリほどの細さに割った竹ひごを使っています。

そして、その竹ひごを25本ほど束ねて、一つの「流れ」を作っている。

ここで大事なのが、単純に細い竹を25本集めて曲げればいい、という話ではないことです。

竹には節があります。

しかも、一本の竹を割っていけば、その節の位置は当然そろってきます。

これは竹細工をする人間なら、当たり前のことのように思うかもしれません。

ところが、その「当たり前」を利用して、さらに形を作っていく。

竹ひごを束ねた状態で曲がりをつけることで、最初は揃っていた節の位置が、少しずつズレていきます。

そのズレが、竹全体に微妙な表情をつくる。

つまり、一本一本をバラバラに好きなように曲げているわけではありません。

竹そのものが持っている性質を利用して、全体の「流れ」を作っている。

ここが、この作品の面白いところです。

「揃える」と「揃えない」のさじ加減

竹細工では、何でも揃っていればいいというわけではありません。

もちろん、揃えるべきところは、きっちり揃える。

竹ひごの幅、厚み、節の状態など、基本となるところが揃っていなければ、きれいな仕事にはなりません。

一方で、最終的な形まで全部同じにしてしまうと、今度は自然な表情がなくなる。

だから、

揃えるところは揃える。
そして、あえてズレを生かす。

このあたりの加減が、実は職人の腕の見せどころです。

今回のモニュメントも、遠くから見ると「湯気がふわっと流れている」ように見えます。

でも、近くで見ると、竹一本一本の動きが微妙に違う。

その違いが重なって、全体として一つの大きな流れになっている。

これは、竹細工の基礎をしっかり身につけていないと、なかなかできる仕事ではありません。

竹細工は「材料との付き合い方」が大事

竹という材料は、なかなか言うことを聞いてくれません。

同じ種類の竹でも、一本一本、性格が違います。

真っ直ぐなものもあれば、少しクセのあるものもある。

節の具合も違う。

繊維の状態も違う。

だから竹細工では、「こちらの思い通りに竹を加工する」というより、竹の性質を見ながら、竹と相談して形を作っていくようなところがあります。

もちろん、職人が竹に向かって、

「今日はこの形でお願いします」

などと話しかけているわけではありません(笑)。

でも、実際にはそれに近い。

竹を見て、割って、削って、曲げてみて、その反応を確かめながら仕上げていく。

そういう積み重ねが、最終的な作品の表情になります。

遠藤君らしい「静かな凄さ」

遠藤君は、2001年に工房オンセの弟子として竹細工の世界に入り、約7年間の修業を積んで独立。

その後、全国伝統工芸展への入選や、数々の展覧会でのグランプリ受賞など、今では別府竹細工を代表する伝統工芸士の一人になりました。

私も遠藤君の仕事を見てきましたが、今回のモニュメントを見て、改めて「遠藤君らしいな」と思いました。

派手に技術を見せつけるわけではない。

「どうだ、凄いだろう!」と前に出てくるわけでもない。

むしろ、作品そのものはとても静かです。

それなのに、竹細工を知っている人間が見ると、

「これは、ちゃんと仕事をしてるな」

と思わせる。

そういう作品です。

肩ひじ張らず、主張しすぎず、それでいて分かる人には分かる。

私は、そこが遠藤君の仕事の好きなところです。

そして、次の職人が……

据え付けを終えた日の夕方、遠藤君から連絡がありました。

「別府駅前のモニュメントを制作しましたので、ぜひ、見てください」

とのこと。

それで見に行ったわけですが、後から聞いたところ、この制作には、なんとまだ小学生の息子さんもお手伝いしたそうです。

お父さんが竹を割る。

息子さんが手伝う。

こういう光景を見ると、竹細工というものが、単なる「技術」ではなく、暮らしの中で次の世代に伝わっていくものなのだと感じます。

もちろん、小学生の息子さんがいきなり伝統工芸士になるわけではありません(笑)。

でも、竹に触ったこと。

父親が竹と向き合って仕事をしている姿を見たこと。

それは、きっと後になって残るものだと思います。

別府駅前で、ちょっとだけ足を止めてみてください

別府は「温泉のまち」です。

でも同時に、「竹のまち」でもあります。

今回のモニュメントは、その二つの文化を一つの形にしたもの。

温泉の湯気を竹で表現するという、考えてみれば実に別府らしい作品です。

別府駅を訪れた際には、ぜひ手湯に手を入れて、その横にあるモニュメントも眺めてみてください。

そして、できれば少し近づいて、竹の一本一本を見てみてください。

遠くから見ると「湯気」。

近くで見ると「竹」。

さらに竹細工を知っている人が見ると、

「……なるほど、こうやって作ったのか」

となる。

そんな三段階で楽しめる作品です。

遠藤君、いい仕事をしましたね。

そして息子さんも、お疲れさまでした。

いつの日か、

「この作品、俺も手伝ったんだよ」

と自慢する日が来るかもしれません。

その時には、お父さんの仕事の大変さも、少し分かっていることでしょう。

竹は曲げれば形になる。
でも、「自然に見えるように曲げる」のは、そう簡単ではない。

そこに職人の技があります。

別府に来られた際は、ぜひ駅前の「手湯」のモニュメントをご覧ください。

何気なく立っている竹の一本一本に、遠藤君の仕事が詰まっています。

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