そもそも、何故竹細工をしているのか?(その3)〜竹箸、なめてました〜

そもそも、何故竹細工をしているのか?シリーズ

そもそも、何故竹細工をしているのか?(その3)〜竹の訓練校編1〜

竹の訓練校に入って、いよいよ「さあ作品づくり!」……かと思いきや、

最初にやるのは――

竹箸づくり。

「え?箸?竹を削るだけでしょ?」

……そう思いますよね。
私も思いました。

そして、見事に打ちのめされました(笑)

竹は縦に繊維が通っています。

つまり、お箸の形に削るということは、その繊維を“うまく切り裂きながら整える”ということ。

しかも、表皮に近いところは硬く、中にいくほど柔らかい。

これを知らずに削るとどうなるか。

スーッ……ザクッ。

一気に食い込みます。終了です。

「あれ?今の一本、どこ行った?」というくらい、あっという間に形が崩れます。

使うのは切り出しナイフ(小刀)。

これがまた、切れなければ話になりません。

削れない → 研ぐ → また削る → また研ぐ。

最初の2日間は、朝から夕方までひたすら竹箸削り。

気がつけば、

「削る」より「研いでる」時間の方が長いんじゃないか?

という状態に(笑)

でも不思議なもので、続けているうちに少しずつ分かってくるんです。

「あ、こうやって力を抜くのか」
「ここは押さないで逃がすのか」

最初の一歩って、こういうものなんですね。

今振り返ると、この「竹箸づくり」――

よくできた訓練です。

独立してすぐの頃は、こんな風に青空市で箸を削ったりしました。

さて次のステップは、竹細工の本丸ともいえる工程。

竹ヒゴづくり。

そして、それを使って作るのが「六つ目編みの盛り籠」です。

この「六つ目編み」、竹細工の世界では

「六つ目に始まり、六つ目に終わる」

と言われるほどの基本中の基本。

六角形って、よくできた形なんです。

自然界を見ても、ミツバチの巣、雪の結晶、亀の甲羅……
どこを見ても六角形だらけ。

人間の体の細胞も、基本はこの構造。

つまり――

無駄がなくて、強い。

竹細工でも、これを使わない手はありません。

……が、その前に待っているのが、

ヒゴづくりという“試練”。

工程だけ並べても、

竹割り → 竹剥ぎ → 幅取り → 面取り → 銑引き(厚み調整)

さらに細かく分けると、

荒割・中割・小割、荒剥ぎ・薄剥ぎ・足剥ぎ・口剥ぎ……

もう、この時点で「何種類あるの?」という世界です(笑)

そして目標は、

幅5ミリ・厚さ0.5ミリ。

これがまた、全然そろわない。

四苦八苦どころか、十苦八苦。

よく「竹を割ったような真っすぐな性格」なんて言いますが、

実際の竹はどうかというと――

ぜんぜん真っすぐじゃない。

節で曲がる、反る、ねじれる。

むしろ、

「竹を割ったような“気まぐれな性格”」

と言いたくなるくらいです(笑)

それでもなんとかヒゴを取り終え、いよいよ編みへ。

細くて頼りなさそうなヒゴが、六角形に組まれていくと――

これが驚くほど、しっかりした形になる。

シンプルなのに強い。

やはり六角形、あなどれません。

底を編み、角を立ち上げ、立体へ。

そして最後に縁を付ける工程へ。

ここで、最初にやった「竹箸づくり」が生きてきます。

縁のつなぎ目をきれいに削るには、小刀の技術が必要。

ガタガタでは見た目も悪いし、接着もうまくいきません。

ああ、あの箸削りはこのためだったのか……と、ここで納得。

そして――

ようやく完成。

正直、形は少し歪んでいます。
どこか頼りない感じもあります。

でも、

自分の手で最初に作り上げた籠。

これはやっぱり、嬉しい。

ちょっと曲がっていても、それもまた味です(笑)

さて、この“ちょっと歪んだ一作目”から、どう成長していくのか。

竹との付き合い、まだまだ続きます。

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