火山と向き合う一日――「避難民」になってみた

ブログ

8月26日は「火山防災の日」。

というわけで昨日、私は人生でなかなか経験できない――いや、できれば経験したくない――**「避難民」**になってきました。

今回の舞台は、由布市と別府市にまたがる伽藍岳(がらんだけ)

想定は「伽藍岳が噴火した!」です。

県や県警、気象台など21機関と市民、合わせて約140人が参加する大規模な防災訓練。その中で、私の役目は「伽藍岳に隣接する自治体の住民として避難する人」。

胸には堂々と「避難民」のゼッケン。

頭には防災ヘルメット。

なんだか本物の災害現場にいるような気分ですが、幸いなことに、今回は「訓練」で

午前9時。

役場の危機管理課から連絡が入ります。

「噴火警戒レベルが3になりました」

おっと、いよいよ物々しくなってきました。

そして午前10時。

「噴火警戒レベルが4に引き上げられました。高齢者等は避難してください」

いよいよ避難開始です。

私は役場から来た避難車に乗り込み、宇佐市安心院町にある避難施設へ。

今回の訓練では、別府市天間地区の住民20人がバスに乗り、隣の宇佐市へ避難するという初めての広域避難訓練も行われました。

普段なら「別府から安心院へ行く」といえば、温泉や食事、観光を思い浮かべます。

ところが今回は、

「噴火から逃げて安心院へ」

同じ道でも、目的が違うとずいぶん景色が変わります。

避難所では、1991年6月3日に雲仙・普賢岳で発生した火砕流災害の映像を見ました。

死者・行方不明者43人。

改めて火山災害の恐ろしさを思い知らされます。

さらに、火山灰の動きを学ぶ実験も。

食パンを地面に見立て、その上にココアパウダーを火山灰として積もらせます。

そこへ雨に見立てた水を降らせると……。

なるほど。

火山灰が雨によってどう動き、どんな災害につながるのかが、目で見て分かります。

それにしても、食パンとココアで火山災害を学ぶとは。

災害教育も、なかなか奥が深いものです。

そして、今回もっとも印象に残ったのが火砕流の速さ

なんと時速100キロにもなるそうです。

「火砕流を見てから逃げればいい」

なんて考えは、完全にアウト。

出会ってからでは、もう逃げられない。

だからこそ、

「出会う前に逃げる」

そのための避難訓練なのです。

伽藍岳が噴火した場合、火口から5キロ圏内では火砕流、4キロ圏内では噴石の危険が想定されています。

噴火警戒レベルが上がったら、「まだ大丈夫だろう」ではなく、早めに避難する。

今回の訓練は、その大切さを身をもって感じる機会になりました。

伽藍岳の有史以降の最新の噴火は、西暦867年、貞観9年に起きた水蒸気噴火だそうです。

なんと今から1100年以上も前。

「そんな昔なら、もう大丈夫でしょう」

……と、つい思いたくなります。

しかし、火山というものは「しばらく静かだったから、もう安心」とはいかないらしい。

最近の異常気象や地球環境の変化を考えると、自然がいつ何を起こすかは誰にも分かりません。

もちろん、できれば伽藍岳には、

「このまま静かにお願いします」

と申し上げたい。

いや、できれば末永く、そのままでいていただきたい。

「避難民」になって分かったこと

今回、胸に「避難民」と書かれたゼッケンをつけ、ヘルメットをかぶって避難してみて、改めて思いました。

災害は「いつか起きるかもしれないもの」ではなく、起きたときにどう動くかを普段から考えておくものなのだと。

避難場所はどこなのか。

誰と避難するのか。

高齢者や体の不自由な人をどうするのか。

そして、警戒レベルが上がったとき、自分はすぐに動けるのか。

訓練だからこそ、考えることができました。

昨日の私は「避難民」でしたが、本番では誰もが当事者です。

だからこそ、今回の訓練は「災害を怖がるため」ではなく、怖いものに備えるための一日だったのだと思います。

あとは――。

伽藍岳さん。

どうか、これからも静かに。

こちらも防災訓練をしながら、できれば一生「本番」は迎えたくありませんので。

火山には備える。
そして最後は、神様にもお願いする。

これが、昨日「避難民」を体験してみた私の、率直な感想です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました