三浦勉さん――あの髭のおじちゃん、ありがとう

友人

昨日、哀しいお知らせが届きました。

三浦勉さんが、お亡くなりになりました。
91歳。

東京・小金井市にお住まいで、大分出身の画家さんでした。

工房オンセのマスコット、あの「ふくろう」も、勉ちゃんに描いてもらったものです。

勉ちゃんとの付き合いは、もう40年以上になります。

初めて会った時から、私の中ではずっと「お髭の叔父ちゃん」。

私より20歳ほど年上なのに、偉そうなところなど微塵もなく、いつも茶目っ気たっぷり。
世の中をちょっと斜めから眺めながら、面白いことを見つけては楽しんでいるような人でした。

「有名な画家先生」の佐賀旅行

昔、高橋さんと勉ちゃんと3人で、佐賀県へ旅行したことがあります。

呼子の旅館に泊まったのですが、そこで私たちは、とある作戦を決行しました。

勉ちゃんの独特の風貌を利用して、

「こちら、有名な画家の先生です」

ということにしたのです。

高橋さんはカバン持ち。
私は運転手。

本人は、いかにも「先生」らしい顔をしている。

すると晩ご飯の時、

「女将からです」

と、なんと特別料理が出てきた。

……作戦、大成功(笑)。

勉ちゃんも、さぞかし気分が良かったことでしょう。

忘れられない、温泉事件

もう一つ、今でも思い出すと笑ってしまう出来事があります。

私たち夫婦がフェリーで知り合った、可愛い金髪美人のお嬢さんを、仲間内の飲み会に連れて行った時のこと。

キャンプファイヤーを囲んで、みんなでワイワイ、ガヤガヤ。

そのうち、

「温泉に行こう!」

ということになり、10人ほどで近くの温泉へ。

そこは大きな岩風呂の露天風呂でした。

男湯と女湯を隔てているのは、なんと3メートルほどの岩の壁。

しかも、その時は仲間内しかいない。

……はい。

若かった私たちは、何を思ったのか、男性陣全員でその岩をよじ登りまして(笑)。

女性陣もすぐに気がついて、

「キャー!」

「ワァー!」

「ギャー!」

と大騒ぎ。

風呂桶に水を入れて、こちらへバシャバシャ!

こちらも大笑い。

そんな大騒動の中で、今でも私の脳裏に焼き付いているのが、岩にへばり付いている勉ちゃんの裸の後ろ姿です。

普段は、まるで世間のことなどすべてお見通しのような、超然とした「お髭の叔父ちゃん」。

その勉ちゃんが、岩に裸でへばり付いている。

そのギャップがおかしくて、おかしくて。

今でも思い出すと笑ってしまいます。

しかしまあ、あの頃は大らかでしたな~~~。

酒を飲んだまま温泉へ行ったり、女風呂を覗いたり……。

今なら、いろいろ問題になりそうです(笑)。

まあ、若気の至りということで、勘弁してもらいましょう。

子どもたちにも愛された勉ちゃん

勉ちゃんは、子どもが大好きな人でした。

私たちの息子たちも、とても可愛がってもらいました。

息子たちも、勉ちゃんと話をするのが大好きだったようです。

あの独特の雰囲気と、茶目っ気。

子どもにも、ちゃんと伝わっていたのでしょうね。

最後に会ったのは……

年月が流れ、私が東京のデパートで展示会をしていると、勉ちゃんはよく顔を出してくれました。

遠くからでも、

「あ、勉ちゃんだ」

と分かるような人でした。

昨年、勉ちゃんが入っている養護ホームを訪ねました。

そこで、ゆっくり話をしました。

それが、最後になってしまいました。

まさか、あれが最後になるとは思っていませんでした。

人生というのは、本当に分からないものです。

40年以上。

考えてみれば、ずいぶん長い付き合いでした。

楽しいことも、くだらないことも、ちょっと人には言いにくいことも(笑)、本当にたくさんの思い出があります。

そして、工房オンセのふくろうを見るたびに、これからも勉ちゃんを思い出すことでしょう。

勉ちゃん。

長い間、本当にありがとうございました。

あちらへ行っても、きっとその髭をたくわえて、すましているのでしょうね。

でも、しばらくしたら、また何か茶目っ気のあることをして、周りのみんなを笑わせているんじゃないかな。

勉ちゃんらしく。

どうか天国でも、みんなを笑わせてください。

そして、たまにはこちらの私たちのところにも、ひょいっと顔を出してください。

「お前ら、まだそんなことやってるのか」

なんて、あの髭面で笑ってくれたら嬉しいです。

勉ちゃん。

本当に、ありがとう。

また、いつか。

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