わんぱく王子の大蛇退治
ブログを書いていて、ふと考えました。
「そういえば、人生で初めて映画館で観た映画って何だったんだろう?」
記憶をたどっていくと、鮮やかな色彩とともに思い出したのが…
**『わんぱく王子の大蛇退治』**でした。
1963年公開の東映動画(現・東映アニメーション)の作品で、日本神話を題材にしたアニメ映画です。

当時、私は小学2年生。
今では当たり前のカラー映画ですが、当時の「総天然色」の大きなスクリーンは、それはもう夢の世界でした。
上映していたのは、名古屋市西区にあった弁天座。
あの頃は近所に「弁天座」「浄心ハイツ」「庄内東映劇場」と映画館がいくつもあり、映画館が町の娯楽の中心でした。
懐かしくなって弁天座を調べてみると、1938年に開館し、戦後は地域の人気映画館として親しまれ、私が観た頃の1963年頃に閉館していたそうです。
「へぇ、最後の頃に観ていたんだなぁ」と、少し感慨深くなりました。
さらに調べていくと、もっと驚くことがありました。
この弁天座を運営していたのが、実業家の古川爲三郎さん。
戦後、弁天座を再建したことをきっかけに映画館を次々と増やし、やがて洋画配給へ進出。
その会社が、後の日本ヘラルド映画になったというのです。
『ヘッドライト』で成功し、『エマニエル夫人』、『地獄の黙示録』など、数々の名作を日本へ届けた会社です。
まさか、私が子どもの頃に通った下町の映画館が、日本の映画界を変える大きな流れの出発点だったとは…。
調べてみるものですね。
そして「日本ヘラルド映画」と聞いて、昭和世代の男性なら反応してしまう作品があります。
そう…
『エマニエル夫人』。
シルビア・クリステル。

あの頃の青年たちは、映画の芸術性について熱く語りながら、心の中では別の意味でドキドキしていたはずです(笑)。
私も、その一人だったことは否定いたしません。
こうして思い返すと、一番最初に観た一本の映画から、弁天座、古川爲三郎、日本ヘラルド映画へと話がつながっていきました。
一本の映画の思い出をたどっただけなのに、日本の映画史にまで行き着くとは思いもしませんでした。
古川爲三郎という人。
名古屋の一つの映画館から、日本のエンターテインメント業界を大きく動かした、本当にすごい人物だったんですね。


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