先日、懐かしい篭が届きました。
アケビで編んだ篭です。
「懐かしい」と言っても、去年や一昨年の話ではありません。
なんと、約30年前に私が作った篭です。
30年ですよ、30年。
人間なら、もう立派に中年です(笑)。

30年前の、ちょっと無謀な挑戦
この篭を作ったのは、1998年。
当時、私は、
「竹細工とアケビ細工を組み合わせたら、何か面白いものができるんじゃないか?」
と考えていました。
そこで利用したのが、九州電力が行っていた文化活動への支援制度です。
国内研修なら最大100万円、海外研修なら最大200万円の助成が受けられるという、ありがたい制度。
これは使わない手はありません。
とはいえ、申請すればすぐ行けるわけではありません。
まずは、
「アケビ細工を教えてくれるところを探す」
というところから始めなければなりません。
幸いなことに、青森県弘前市でアケビ細工をされている方が、研修を受け入れてくださることになりました。
そして私は、約2か月間、弘前のユースホステルに泊まり込みで、アケビ細工を勉強することになったのです。
お父さんが家にいない!
ところが、この研修には、技術とは別のところで、思い出深い出来事があります。
それまで私は、ほとんど家を空けたことがありませんでした。
山奥の一軒家で、家族と暮らしながら、家で竹細工をしています。
ですから子どもたちにとって、
「お父さんは、いつも家にいるもの」
だったんですね。
そんなお父さんが、いきなり2か月もいなくなる。
これは、子どもにとっては大事件です。
私は別府港からフェリーに乗って、弘前へ向かいました。
ところが長男のクルムは、相当な不安を感じていたらしく、私が研修に行っている間、ずっと夜泣きをしていたそうです。
そして、研修を終えて帰ってきた日。
家まであと500メートルほどのところまで来ると――
そこに、ちょこんと座っている小さなクルムの姿がありました。
一人で、私を迎えに来ていたのです。
その姿は、今でも忘れられません。
そして不思議なことに、あれだけ続いていた夜泣きも、その日を境にピタッと止まったそうです。
子どもにとっては、
「お父さん、ちゃんと帰ってきた!」
という確認ができたのでしょう。
それにしても、今思えば……
2か月も家を空ける父親って、なかなか大胆です(笑)。
当時は「勉強に行ってくるぞ!」と張り切っていましたが、家に残された家族にとっては、それどころではなかったのかもしれません。
初めて作ったアケビの篭
さて、肝心の研修です。
アケビ細工には、竹細工とは違った独特の技法があります。
まずは、一般的なアケビの篭を作るところから教えていただきました。
その時に作ったのが、今回、30年ぶりに私のところへ帰ってきた、この篭なのです。
研修に行く前は、
「アケビの技術を竹細工に取り入れて、新しいものを作ってみよう!」
と、かなり意気込んでいました。
ところが、実際に勉強してみると、思っていた以上に奥が深い。
そして、九州で採れるアケビと、東北で使われているアケビでは、性質がまったく違うことも分かりました。
「よし、これを組み合わせて新しい世界を!」
と思っていたのですが……
残念ながら、計画は途中で断念(笑)。
自然素材というのは、なかなかこちらの思い通りにはなってくれません。
竹もそうですが、
「俺の言うことを聞け!」
と言ったところで、竹もアケビも、
「いや、自然素材ですから」
という顔をしています(笑)。
そして30年後……
そんな思い出の詰まったアケビの篭を、ずっと大切に使ってくださっていた方がいました。
なんと30年近く。
そして今では、その方の娘さんが使ってくださっているそうです。
ところが、長年使っているうちに、持ち手の部分が擦り切れてきた。
そこで、
「修理をお願いできますか?」
と、私のところへ持ち込まれたのです。
30年前に自分が作った篭が、30年の時を経て、もう一度自分の手元に帰ってくる。
これは、なんとも不思議な気持ちです。
まるで、
「お久しぶりです」
と、昔の自分が訪ねてきたような感じです。
30年前の材料は……
実は私の手元には、30年前の研修の時にいただいたアケビの材料が、少しだけ残っていました。
「これを使えば、30年前と同じ材料で修理できる!」
そう思ったのですが――
30年も経っています。
さすがに材料も、
「私ももう若くありませんので……」
という状態(笑)。
劣化していて、残念ながら修理には使えませんでした。
そこで、別の材料を使って修理することにしました。
30年前の材料ではありませんが、できるだけ違和感のないように、しっかり直す。
それが、作った者の責任だと思っています。
作ったものには、作った人の責任がある
私たち物を作る仕事をしている者は、形に残るものを作っています。
作った時は、
「できた!」
と喜んで終わり……ではありません。
何年も、何十年も使っていただくことがあります。
時には、今回のように30年後に戻ってくることもある。
そう考えると、自分の作ったものには、ずっと責任がついて回るのだと思います。
壊れたら、
「もう30年前のものですから、新しいのを買ってください」
と言ってしまえば、それで終わりなのかもしれません。
でも、私はできる限り直したい。
30年間使ってくださったことへの感謝もあります。
そして、これからまた使ってもらえるのなら、それは作り手として、とても嬉しいことです。
30年経って、また旅立つ
30年前、私はこの篭を作りました。
その時は、アケビ細工を勉強している最中の作品でした。
その篭が誰かの手に渡り、長い間使われ、親から娘へと受け継がれ、そして30年後、修理のために私のところへ戻ってきた。
考えてみると、なかなかすごい話です。
作った本人の私は、30年の間にいろいろありました。
子どもも大きくなりました。
仕事も変わりました。
竹細工を続けながら、全国の百貨店を飛び回るようにもなりました。
でも、この篭は、その間ずっと誰かの暮らしの中にいた。
そう思うと、物を作る仕事って、面白いなと思います。
作った瞬間が「完成」ではないんですね。
誰かに使ってもらって、時間が経って、傷がついて、修理されて、それでもまた使われる。
そこまで含めて、その物の人生なのかもしれません。
そして今回、30年ぶりに戻ってきたこの篭も、もう一度修理を終えて、また誰かのところへ旅立っていくことになります。
30年前の私が作った篭を、今の私が修理する。
なんだか、
「昔の自分から宿題を出されて、30年後の自分が答え合わせをしている」
ような気分です(笑)。
さて、次にこの篭が私のところへ帰ってくるのは……
また30年後でしょうか?
その頃の私は、ちゃんと修理できるでしょうか。
……きっと、あの時夜泣きしていた息子が直してくれるのではないかと思います。
それでも、こうして30年経っても使っていただけるものを作れたこと。
そして、それをまた直して、もう一度使っていただけること。
これは、物を作る者にとって、本当に嬉しいことです。
「長く使ってもらえるものを作る」
それが、職人として一番嬉しいことなのかもしれません。


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